今回は、今から五年前に起こったある事件について考えてみようと思います。この事件について個人的には本当は触れたくなかったのですが、いずれ考えなければならない問題であると思ったので、書くことに致しました。2009年8月15日に都内の靖国神社にて、ある事件が起こりました。2009年の終戦記念日の日に、靖国神社で前航空幕僚長(当時)である田母神俊雄氏が演説を行いました。田母神氏が演説をし終えた後に、一人の外国人が田母神氏に対して「ここがドイツだったら、あなたは逮捕されますよ。」という趣旨の発言をしました。このような場合の対処方法を考えなくてはならないと私は強く思います。先に挙げた外国人はおそらく、日本の歴史を知ろう、尊重しようという気持ちが薄いままに最初から批判するつもりで靖国神社へ来たのでしょう。それとは正反対に、日本に来る外国人の多くの人は日本という国に純粋に興味を持ち、日本のことを学ぼうとする意欲を持って来日しています。つまり、先に挙げたような人が一般的なわけではありません。だからこそ、このような一部の外国人に対して目くじらを立てたり、特に神経質になったりする必要は無いのではないかと私は思います。私はその時に、現場にいたわけではありません。もしも私がその現場に出くわしていたならば、私はおそらくその外国人に対して怒りの気持ちを抑えられなかったことでしょう。しかし重要なことは、このような一部の人に心を振り回されないということです。わざわざこのような人と同じ土俵に立つ必要は、全くありません。大切なことは、日本には靖国神社という場所がありその場所に特別な思いを抱いている人が存在するという事実です。特別な思いを抱いているからこそ、感情が激しくなってしまうのはある意味で当然のことです。祖先を大事にし靖国神社を大切に思う気持ちは、外国人に批判されようがされまいが変わりません。自分の大切なものを守ることは、生きるために必要なことです。ですからこのような場面に遭遇した時は、まず第一にそのような者は相手にしないということが重要です。それでも相手が執拗に批判を繰り返したり、自分に対して攻撃をしてくるならば、こちら側は自分の考える正論だけを相手に淡々と述べるだけで良いのではないか、と私は思います。その際、不必要な感情に動かされることはありません。批判は、批判に値する相手や物事に対してのみ行うべきです。なぜなら、そのようにしなければ、批判に値しない相手と同じ土俵に立ってしまうことになるからです。人間は、批判に値しない相手に対して憤ったり、またはそのような相手の言動によって傷ついたりする必要はありません。何よりも、そのような相手のために自分のプライドまで捨ててしまったら、元も子もありません。今回の事件の場合は靖国神社という場所で起こりましたが、このようなことが何時どこで起ころうとも対処するべく普段から意識し練習しておけば良いのです。自分のことを批判する人は、なくなりません。いつの時代にも、批判されない人間など存在しません。批判されることを怖れるのではなく、批判にどのように対処するか。それを一人一人が考えて、実行するしかないのです。